大判例

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大阪高等裁判所 昭和54年(う)1493号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を無期懲役に処する。

原審における末決勾留日数中六〇〇日を右本刑に算入する。

理由

〈前略〉

控訴趣意中量刑不当の主張について

論旨は、原判決の量刑不当を主張し、本件犯行は突発的犯行であつて、被告人の精神的欠陥や不幸な生育歴が重要な作用を及ぼしていること並びに被告人の矯正は十分可能であることを参酌して、被告人に対し将来において社会復帰し得る可能性を与えてもらいたい、というのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実の取調の結果を参酌して検討するのに、本件犯行は、昭和五一年五月初以来竹国豊の経営する学校教材印刷販売業茨木教材社に印刷工として勤めていた被告人が、やがてパチンコや賭博遊技機に凝るようになり、月三万円の小遣では足らず生活費までも持ち出して費消したため、妻の出産費用や遊技代の資金としてまとまつた現金を入手したいと考えているうち、本件当日、前記竹国方家族全員が野崎参りに出かけ留守になると聞いていたことを思い出し、その留守中に同人方へ空巣に入り金銭を窃取しようと企て、留守を確認するため同人方に電話をかけたところ、同人の母実一人だけが留守番をしていることを知り、空巣に入ることを断念したもののあれこれ思案をめぐらした末、口実を設けて屋内に入り同女を殴り殺して金員を強取しようと決意して右竹国方に赴き、応待に出た同女に対し「自転車のテールランプのカバーが自分の机のところにあるから取らせてくれませんか」と口実につけて屋内に入り、一階作業場から金槌を持ち出して殺害の機会をうかがい、更に同女に「濡れた服を拭くものを貸してください」と嘘を言い、同女の後をついて居宅となつている二階に上り、台所入口付近において、同女の背後から前記金槌でその頭部を四、五回強打してその場に昏倒させたうえ、室内を物色して竹国豊所有の現金約一七万円を強取し、間もなく同女を脳挫傷等により死亡させて殺害したほか、犯跡を隠蔽するため家もろとも同女を焼き払おうと決意し、瀕死の重傷を負い昏倒している同女の身体や付近のソファー、床に灯油を散布し、マッチで点火して放火し、竹国豊方事務所兼居宅の台所、居間等を焼燬した事案であつて、被告人が当初から強盗殺人を企て、これを実行しその目的を遂げた点において計画的な犯行であり、殺人の手段、態様ことに瀕死の被害者の身体に灯油をふりかけ家もろとも焼き払おうとした放火行為に照らし、冷酷非情な犯行というほかなく、しかもその動機たるや賭博遊技機等の遊びに心を奪われ、家計を顧みることなく金銭を浪費するという放らつな生活態度の末、妻の出産費用や遊技機遊びの資金欲しさから兇悪な手段に出たものであつて、金銭欲を満たすためには恩義ある雇主の肉親の生命すら犠牲にすることを意に介しない自己中心的な利欲に根ざした恐るべき犯行である。被害者は当時七六歳の老女であるが、若くして苦労を重ね、老境に入りようやく息子夫婦や孫に囲まれた平和で幸福な生活を享受していたものであるところ、日ごろ同じ職場で働いていた被告人の手にかかりその生命を奪われるに至つたもので、被害者の無念さは言うに及ばず、ほかならぬ従業員の犯行により母親を失つたうえ、多年にわたる辛酸を経て約一年余り前に建設したばかりの事務所兼居宅を焼かれた竹国豊をはじめ遺族らの悲嘆、心痛は甚大であり、付近住民ら一般社会に与えた影響も大きい。そして、本件犯行にいたるまで被告人のたどつて来た前歴をみると、被告人は、小学生のころから盗癖があり、窃盗の非行により教護院に収容されたのをはじめとして、保護観察一回、少年院送致二回の各保護処分を受けたほか、原判示累犯前科のとおり、窃盗罪等により三回におたり服役した前科がありながら、更に本件のような大罪を犯すにいたつたものであつて、その犯罪傾向には顕著して根深いものがあると認められる。以上に考察した本件犯行の動機、態様、罪質、被害感情並びに被告人の前歴性向を総合し、かつ、被告人が当審においても強盗殺人の犯意を否定し不自然不合理な弁解を重ねるなど改悛の情を疑わせるものがある点をも参酌すると、被告人の刑責はまことに重大であるといわれなければならず、原判決が、その摘示する被告人に有利な事情を十分に斟酌しながら、なおかつ被告人に対し死刑をもつて臨むことはやむを得ないものと判断したのは首肯できないものではない。

しかしながら、ひるがえつて被告人の生育歴、犯行時の精神状態及び矯正可能性等に関する所論指摘の事情、その他被告人のため有利に斟酌すべき情状の有無について検討することとする。

原判決は、被告人が生後間もなく父と死別したうえ、三歳のころ母にも見捨てられ、その後は養護施設等で両親の愛情を知らずに成育したことなど被告人の生い立ち、生活環境に恵まれなかつたことに同情すべき点があるとしながらも、それだけが被告人の反社会的、犯罪的性格に代表される性格偏倚の原因ではないと判断している。なるほど、人の性格は先天的な素質と所与の環境とが複合した要因により形成されるものであり、性格の偏倚というものも、各人の努力いかんにより程度の差こそあれ改善の余地があることは否定できず、被告人がこれまで更生の機会がありながら更生への努力をつくすことなく、幾多の犯罪を重ね、ついに、本件のような重大事件を惹起するに至つたことは厳しく非難されなければならないけれども、前記菱川鑑定が言及しているように、被告人は、幼少期を養護施設や教護院において愛情不満にさらされて過ごし、これが被告人の精神発達と性格形成に大きな影響を及ぼしたもので、被告人が自らの人格を形成するうえにおいて、出発点において大いなる負担を荷なわざるを得なかつたことを過少に評価することは公平な態度とはいいがたい。また、被告人が本件犯行当時心神喪失ないし心神耗弱の状態になかつたことはすでに述べたとおりであるが、被告人の犯行時における精神状態につき、濱鑑定は、被告人は軽症な未熟性、意志不定性の精神病質(性格異常)者であり、理非弁別力に従つて行動する能力が軽度異常に減退していたと判断し、菱川鑑定も同じく、被告人には軽症の未熟性、意志薄弱性の性格異常があつて、責任能力に重大な障害をきたすほど高度のものではないが、是非弁別能力に従つて行動する能力が減退していたものと判断しているのであるから、被告人は本件犯行時責任能力がある程度減退していたものと認めざるを得ず、被告人の刑責を評価するにあたりこの点に相応の考慮を払わないことも正当ではない。更に、原判決は、被告人の人命軽視の犯罪的兇悪性や罪悪感の欠如等の性格の偏倚は極めて強固であり容易に矯正し得るものではないと断じており、被告人の反社会的、犯罪的性格が顕著にして根深いものがあることはすでに述べたとおりであるけれども、被告人のこれまでの犯罪歴はいずれも窃盗が主要なるものであつて、原判示前科も大部分が自動車を運転したさの動機に由来する自動車窃盗の事案で本件犯行とは性格を異にしているものと認められ、原判示兇悪性が必ずしも顕著であるとはいいがたく、被告人の矯正には容易ならざるものがあることを否定できないとしても、矯正が不能であるとまでは断定できず教育による改善の余地が残されているものと考えられるのである。そして、当審における事実の取調の結果によれば、被告人の妻は、かねてから被害者の供養を志し、本件の一か月後出生した幼児をかかえ生活保護を受けている苦しい家計の中から僅かづつ貯蓄し、原判決後の昭和五六年一月三〇日竹国豊方を訪ね、同人に対し被告人の犯行を謝罪して金七〇万円を差し出し、同人もその真情を諒承して快くこれを受領したことが認められ、右のとおり被告人に代つて遺族に対する謝罪と慰藉にできる限りの誠意を尽くす一方、被告人の更生とその間に出生した子の成育をこい願つている被告人の妻の真情に、右遺族の被害感情が僅かなりとも宥和されていることがうかがえないではなく、これまた被告人に有利な情状として斟酌すべきものである。なお、被告人が当審においてもいわれなき弁解に終始している態度は遺憾としなければならないが、それは一面、被告人が原審で宣告された極刑を免れんとする余りの心情に出たものとも推察されるのであつて、深くとがめるべきではなく、むしろ、創価学会に入信している被告人が拘置所内において朝夕勤行して被害者の冥福を祈つている態度の中に悔悟の情が看取できる点に留意すべきものであろう。

以上に検討した被告人に有利な情状を斟酌し、加うるに死刑がまことにやむを得ない場合に適用されるべき窮極の刑罰であることに思いをいたすときは、被告人を死刑に処した原判決の量刑は結局重きに過ぎるものといわざるを得ないのである。この点の論旨は理由がある。〈以下、省略〉

(八木直道 浅野芳朗 田口祐三)

《参照・第一審判決抄》――――――

〔主文〕

被告人を死刑に処する。

押収してある皮手袋一双(昭和五二年押第一〇七二号の2)を没収する。

〔理由〕

(被告人の経歴と本件犯行に至る経緯)

被告人は、本籍地において父井上藤歳と母と志子の三男(第四子)として生まれ、間もなく父と死別し、その後約二年ぐらいして母が出奔したため、昭和二八年一二月ころから兵庫県豊岡市内の養護施設「いろは塾」に収容され、そこから小学校に通学して成長し、その間忍込み盗、自転車盗等の非行を繰り返したため、小学校五年生の同三六年一月ころ、同県明石市内の教護院明石学園に収容されたが、たびたび無断外出しては窃盗等の非行を重ねていた。同四〇年三月中学校を卒業後、大阪府大東市で熔接工見習として就職したものの、事後強盗傷人事件により同四一年一〇月二八日大阪家庭裁判所で保護観察処分に、次いで窃盗事件により同四二年二月二〇日京都家庭裁判所で医療少年院送致処分に付され、同少年院を退院して後は、養鶏業手伝、パチンコ店員、水道工事手伝、バーテン見習など転々と職を変えたがその後は徒食し、さらに窃盗事件により同四三年一一月一九日大阪家庭裁判所で中等少年院送致処分に付され、同少年院退院後、京都市内に在住の長兄国雄に引き取られたが、旬日のうちに家出し、大阪市内の友人のアパート等を泊り歩いて徒食しているうち、同四五年一月ころから同四八年三月ころまでの三年ほどの短期間に、多数の自動車窃盗等を繰り返した。それにより同四五年三月一二日大阪地方裁判所で窃盗罪により懲役一〇月に処せられ、次いで、右刑の仮出獄中に犯した窃盗罪等により同四六年五月一五日同裁判所で懲役一年一〇月に処せられ、さらに、右刑の出所後二〇日も経たないうちに犯した窃盗罪等により同四八年一一月一五日岐阜地方裁判所で懲役二年に処せられ、同五〇年四月一八日ころ出所した。その後、大阪市内で印刷工として働らくようになり、そのころ知り合つた河村ひさ子と同五一年四月ころ結婚し、大阪市西成区内の福荘二階に居住し、同年五月ころ、知人の紹介によつて、大阪府茨木市丑寅二丁目五番三号所在の竹国豊の経営する学校教材印刷販売業茨木教材社に印刷工として勤めるようになり、同年九月ころには、右竹国豊から権利金三〇万円を支払つてもらつて同市下中条町九番一六号所在の中条荘二階一一号室に転居し、同年一〇月から妻ひさ子もパート事務員として右茨木教材社へ勤めるようになつた。

ところが、被告人は、右茨木教材社に勤めるうち、パチンコや賭博遊技機に凝るようになり、同五二年二月ころよりは月三万円の小遣では足らず生活費までも持ち出して空費するようになつたため、同年四月末ころには、妻ひさ子が六月中旬ころ出産予定の費用として蓄えていた貯金もほとんどなくなつてしまい、右ひさ子から、「もう貯金もない。このままでは一二、三万円必要な出産費用の貯金もできない。」などと不服を言われたこと、同年五月四日には、同僚から借金をしたうえ、五月分の小遺三万円をパチンコ等に使い果たしてしまつたこと、出産費用の一部を次兄三千夫から借りる確約が得られなかつたこと等もあつて、妻の出産費用や自己のパチンコ等の資金としてまとまつた現金を入手したいと考えるに至り、同年五月五日、自宅で朝食中、この日は前記竹国方家族全員が野崎観音へ参詣して留守になると聞いていたことを思い出し、その留守中に右竹国方へ空巣に入つて金員を窃取しようと考え、同日午前九時三〇分ころ、竹国方の留守を確認するため同人方へ電話すると、前記竹国豊の妻かつ代が応対に出たので、まだ外出していないことがわかり、その後パチンコ遊びに行き、同日午後三時ころ、再度確認のため竹国方へ電話したところ、竹国豊の実母実一人だけを留守番に残して他の家人全員が野崎観音へ出かけていることを知り、帰宅の途中、同女が留守番をしている以上空巣には入れないし、また、脅して金をとるのも顔がわかつているからすぐ捕つてしまうなどとあれこれ思案した末、何とか口実を言つて屋内に入り、同女を殴り殺して金員を強取しようと決意するに至つた。そこで被告人は、帰宅後、変装用のためにズボンを二枚重ねに着用したうえ、指紋を残さぬようにするため皮手袋(昭和五二年押第一〇七二号の2)を着用し、妻ひさ子にパチンコをしてくると偽つて、同日午後三時四〇分ころ、降雨の中を自転車に乗つて竹国方に向かい、途中偶々右自転車のテールランプのカーバーが外れて落ちたことから、「右カバーが仕事場の自分の机のところに置いてあるので取らせてくれ」と言えば屋内に入れることを思いついた。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一 同日午後四時ころ、前記竹国豊方事務所兼居宅に赴き、応対に出た前記竹国実(明治三三年一一月二五日生、当時七六年)に対し、「自転車のテールランプのカバーが自分の机のところにあるから取らせてくれませんか。」と口実を設けて屋内に入り、予め持つていた前記テールランプのカバーをあたかも一階タイプ室の自分の机から取り出した振りをして「修理するから道具を貸してな。」と言いながら、一階作業場から全長約30.3センチメートル、重量約二三〇グラムの金槌一本(同押号の1)を持ち出して来て右手に持ち、金員を強取する目的で同女を殺害する機会を窺い、同女に「濡れた服を拭くものを貸して下さい。」と虚言を申し向けたところ、同女が居宅となつている二階へ上つて行つたのでその後をついて階段を上り、二階台所入口付近において、やにわに左斜後から右手に持つた前記金槌で同女の頭部を力まかせに乱打し、よつて、左側頭前部、頭頂部等計四か所に頭蓋骨陥没骨折を伴う頭部挫創の傷害を負わせてその場に昏倒させたうえ、二階表八畳間等を物色し、竹国豊所有の現金約一七万円を強取し、間もなく同女を右傷害に基づく脳震盪兼脳挫傷により死亡するに至らせて殺害し、

第二 前記犯行に引き続き、証拠が残らないようにするため同家に火を放つて焼き払おうと決意し、同日午後四時すぎころ、一階手洗場前から灯油入り一斗缶(同押号の3は右一斗入り灯油缶、同押号の4は右灯油缶のふた)を持つて来て、前記二階台所において、昏倒している同女の身体や付近のソファー、床等に約六リットルの灯油を散布し、右ソファーにマッチで点火して火を放つたうえ逃走し、その結果その火を床、柱、天井等に燃え移らせて、よつて現に竹国豊らが住居に使用している鉄骨造陸屋根三階建事務所兼居宅一棟の二階及び三階居宅部分(床面積計121.2平方メートル)中の台所、居間等合計約七三平方メートルを焼燬し

たものである。

(量刑の理由)

(一) 犯行の態様

本件は、予め被告人が、当日被害者竹国方が家族連れで野崎観音へ参詣することを知つたうえ、当初は窃盗の意図ではあつたが、二度にわたつてその留守を確認するための電話をし、結局当時七六歳の被害者一人だけで留守番をしているのを知るや、種々思案をめぐらした末、被害者を殺害して金員を強取することも止む得ないと決意し、自宅を出る際既に変装用のためズボンを二枚重ねに着用し、かつ、指紋を残さないため皮手袋を着用するなど周到な準備計画をしたうえなされたものであること、その手段方法についてみても自らの雇主である被害者の安心感あるいは親切心を逆用するような狡智をめぐらして、判示のように竹国方屋内に入り、かつ、兇器の金槌を持ち出して来て、被害者を殺害する機会を窺い、好機をとらえて、いきなり被害者の背後から金槌でその頭部を強打してその場に昏倒させ、さらに、うめき声をあげて起き上ろうとする同女の頭部を強打して、頭部に合計四か所の頭蓋骨陥没骨折を伴う脳震盪兼脳挫傷の傷害を負わせて殺害したうえ、金員を強奪したものであること、加えて、犯跡を隠蔽するため、家もろとも被害者を焼き払つてしまおうとし、一階手洗場前から一斗缶入り灯油を持つて来て、瀕死の重傷を負つて昏倒している被害者の背中、腰などにまで灯油を散布してマッチで点火して放火し、判示のように被害者方の建物を焼燬し、被害者に対しても死亡までの間に全身Ⅱ度の火傷を負わせていることなど、その犯行の態様は計画的で、しかも極めて狡智であるばかりか、それは平然としてかつ冷静に行われたものであり、まことに残虐かつ冷酷非情であるといわなければならない。

さらに、被告人の犯行後の態度をみると、前記弁護人の主張に対する判断の項で説明したように、自己の行動に悪びれることもなく、犯行後二時間も経たないうちに強取にかかる金員で家族とともに飲食遊興するなどしていることにかんがみると、右は、後記「被告人の性格、生活態度」の項で記したように、自己中心的な反社会的性格、ことに非人間的冷情な行動も平然としてなし、なお、かつその非を認めない被告人の異常性格を物語るものでありその悪性は極めて強固なものというほかにない。

(二) 犯行の動機

一方、犯行の動機をみると、一言にしていえば、被告人の「異常な金銭欲」によるものといえよう。結局それは被告人の日頃の軽薄な生活態度からきた遊び金に不自由しない、金銭的ゆとりを求めるという単純なもの以外何ものをも考えられない。すなわち被告人は直接的には妻の出産費用と自己のパチンコ遊び等の資金を捻出しようとしたことから本件強盗殺人を敢行したものであることが窺えるけれども、その日頃の生活態度をみると妻の出産が間近に迫り、その費用を蓄えなければならないことなど全く念頭におかず、生活費までも持ち出してパチンコや賭博遊技機に空費するなど、自ら放縦な生活を続けていたことによるもので、いわば自業自得というべきであり、この点まず強く非難されなければならない。ことに、本件においては、雇主である竹国豊、被告人の妻であるひさ子等関係者の供述をみても、雇主である竹国豊との間には、勤務のうえで、特別ないさかいや、同人及びその家族、ことに被害者を恨むべき事情は毫も存しなかつただけでなく、むしろ、従業員としては厚遇されていたにもかかわらず、前にも記したようにかえつて自己の金銭欲のためにこれを逆用する犯行を企図し、しかも、これを狡智な手段方法により平静のうちに順次敢行するなど、その動機事情においても悪質極りないものである。しかも、これらの犯行は、一時の精神障害はもちろん、器質的な精神的欠陥によるものでなく、むしろ、被告人の異常性格(犯罪性)に根ざしているもので一層非難の度の高いものである。

(三) 被害者側の事情

被害者竹国実は当時七六歳であつて、若年より苦労を重ね、現在では四人の孫の世話をするかたわら、被告人ら雇人に対しては細かい心遣いを示すなどして、高齢にもかかわらず茨木教材社の仕事を手伝つていたものであり、本件当日は、竹国豊が家族連れで野崎観音へ参詣に出かけ、一人で留守番をしていたところ、雇人である被告人の虚言を真に受けて親切に応じたことが仇となつて殺害され、見るも無惨な姿でこの世を去らねばならなかつたことは、その無念さを察するに余りがあるばかりか前示のように被告人のアパートの権利金を支払つてやるなどして厚遇してきた雇人であるその被告人によつて、実母を殺害されかつ住居までも焼かれた竹国豊ら遺族の非嘆、心痛は甚大であること、にもかかわらず、被告人はもちろんその関係者においては何ら慰藉の途を講じておらず、遺族の被害感情は極めて強いものがある。

(四) 社会的影響

本件は、留守番をしていた雇主の実母を殺害して現金を強取し放火した事件として新聞、テレビ等で報道され、平和な新興住宅地の近隣住民の恐怖はもちろん、一般社会に与えた不安と衝撃には無視しえないものがある。

(五) 被告人の性格、生活態度

被告人が、生後間もなく父と死別したうえ、三歳のころ母にも見捨てられ、その後は養護施設等で父母の愛情を知らずに成育したことなどその生い立ち、生活環境に恵まれなかつたことは同情すべき点であるが、しかし、右養護施設等においては特に被告人ひとりが疎外されたわけではなく、それだけが性格偏倚の原因であるとはいえない。前記被告人の経歴等の項で記述したように、ひとり被告人のみがその兄弟らとはかけ離れてそのほぼ大部分の年月を犯罪者として送つたということは、むしろ被告人自身の怠惰と反社会的、犯罪的性格によるものであるというべきである。しかも、被告人は、パチンコ遊び等に金銭を空費するなどの放縦な生活態度を反省することもなく、いともたやすく強盗殺人という大罪を犯すことを決意し、かつ、平然冷静に敢行し、犯跡隠蔽のため放火したうえ逃走しその後においても自己の行動につき反省する点も見受けられないばかりか、かえつて、平然と自己弁護的言辞すら述べるのであつて、被告人の自己中心的な反社会的性格、ことに人命軽視の犯罪的兇悪性や罪悪感の欠如等の性格の偏倚は極めて強固であり容易に矯正し得るものではないものといわなければならない。

(六) 結論

以上の諸点を考慮すると、被告人の前記の同情すべき生い立ち、生活環境、本件犯行前約二年間の一応社会に適応していた生活態度のほか、被告人は未だ二九歳の若年であること、本件直後の六月七日子供が生れていること、捜査段階においては卒直に本件犯行を自白していることなど被告人にとつて有利と考えられるすべての情状を最大限に斟酌しても判示のように本件犯行が専ら金銭欲のため、非人間的冷情さをもつて残虐になされた強盗殺人、放火という重大犯であり、かつ、被告人にその反省心のないことにかんがみると被告人に対し死刑をもつて臨むことはまことにやむを得ないものと判断する。

よつて、主文のとおり判決する。

(西村清治 下司正明 白神文弘)

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